![]() | 壊れた脳 生存する知 山田 規畝子 (2004/02) 講談社 この商品の詳細を見る 脳を病んでも心も知能も壊れていない。私の脳は左脳と前頭葉の一部が壊れている。だから遠近感がない、服がうまく着られない-。3度の脳出血後の脳が見る世界を赤裸々に綴り、医者として分析。後遺症と闘う医師の貴重な記録。 |
本書は医学的にも稀有な、貴重な記録である。
本書の内省の対象は、自分自身の心の障害である。壊れた脳が作り出す、自分の心のほころびについて率直に語っている。言うまでもないことだが、心という現象は主観的なものであり、本人以外には経験できない。(中略)自分がどういう状態にあり、どんな手助けをしてほしいのかなどということを周囲に教えてくれるわけではない。
本人自身が薄闇の中にあり、そんなことはできないのである。その薄闇にある自分の障害と向き合い、その内容を教えてくれるのが本書である。
――神戸学院大学人文学部教授 山鳥重 「解説」より抜粋
【目次】
序章 壊れた脳の中、教えます
第1章 私は奇想天外な世界の住人
第2章 脳に潜んでいた病気の芽
第3章 病気を科学してみたら
第4章 あわや植物人間
第5章 世界はどこもバリアだらけ
第6章 普通の暮らしが最高のリハビリ
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
山田 規畝子
1964年、香川県高松市に生まれる。東京女子医科大学在学中に一過性虚血発作と脳出血を起こす。「モヤモヤ病」の持病が発覚したが、後遺症もなく卒業。整形外科医として同大学附属病院に勤務。二六歳で郷里の大学病院に転勤、三〇歳で長男を出産。三三歳で父親が院長を務めていた山田整形外科病院の院長になる。三四歳のときの脳出血に脳梗塞を併発。「高次脳機能障害」となり、外科医への復帰は断念するが、高次脳機能障害のリハビリ医としての研修を兼ねて愛媛県の伊予病院に勤務。三七歳で三度目の脳出血を起こし、巨大血腫を摘出。さまざまな後遺症や薬の副作用に苦しみながらも、自ら考え出したリハビリで快方に向かい、今治市の老人保健施設の施設長として社会復帰を果たす。その後、夫と離婚、今後はひとり息子と二人三脚の暮らしをしながら、新たな側面から脳機能障害に取り組む予定(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)
【カスタマーレビュー】
脳と心の関係。
私が中学の時に父がくも膜下出血で他界。
現在、著者と同年代であり、2児の母・鬱病&パニック障害を持ち続けて早7年目になる。
そして×1。
父の事もあり、脳の事について感心は普通の人より高かった。
しかも、自分が鬱病&パニック障害の為に更に脳障害に興味があり本を購入。
『脳を病んでも心も知能も壊れていない。』淡々と自分の置かれた状況を確実に正確に判断し、カラッポの脳に新たなる記憶を埋め込み続ける様は並みの人間には出来ないだろう。
医師である彼女、そして彼女の心の強さ。それを学びました。
自分の病気にもきっと役に立つだろうと、読み終わった後に思いました。
そして父の様にならぬよう、知識を学ぶ事も出来ました。
転んでもタダでは起きない、そんな彼女にケツを叩かれた気分です。
外の世界のバリアについても沢山考えさせられました。
日本中の医師に読んでもらいたいと強く願います。
一生懸命生きる全ての人にお薦めです
面白くて一気に読みました。母がくも膜下出血を患い、病後、高次脳機能障害の症状が出たので、興味があって買いました。術後に点滴の管を抜いてしまったことや、ハイパーラリアという症状が出たことなど、私の理解できなかった母の行動がやっとわかりました。脳外科の患者さん、医療関係者や、家族など患者の周りの人は読むと大変役に立つと思います。何故こんなに面白いのかというと、やはり脳の病気なので、ここまで、本人が明晰、そしてあくまでも客観的に自分の病気を観察、分析することが稀だからだと思います。そして、彼女の生きる姿勢が凄い。どんな状況になっても、最後まで自分ができることをする、という前向きな生き方に強い共感を得ました。
離婚したことについて「一度きりの人生。もう誰にも遠慮することなく、些細なことで心を痛めてむだなエネルギーを消耗することなく、自分が稼いだものは遠慮なく使い、子供に対する責任を果たす努力と楽しく暮らすことだけに邁進したい。体第一」というくだりは、同じ歳の女として、強く強く同感しました。生きる力をくれる本です。
教育関係者もぜひ
深く、そして明るい光に照らされた本でした。
私は元中学校の教員で、うつ病のために退職した後、家庭ですごしています。仕事をやめて家庭に入ったとき前半生に積み上げてきたすべてのものを失ったような気がして、その気持ちの克服に長い歳月を要しました。
この本の著者は、私などとは比べ物にならないほど深刻な状況におかれたにもかかわらず、今、自分のもっている能力を冷静にみつめ、フルに生かしています。積み上げた努力は無にならない、どんな経験も必ず人生に生かせるということを教えてくれます。
私が担任した生徒のなかにも著者と同じ「もやもや病」の生徒がいました。
そのとき私にはこの病気に関する知識がほとんど無く、この生徒に適切なサポートができず、悲しい思いをした経験があります。教員は児童・生徒に接する上で医学的な知識が必要になることが多いにもかかわらず、そのような知識がほとんど無いのはもちろん、知識・情報を得る手立てがほとんどありません。(今ではインターネットがありますが・・・)必要を感じない先生は・・・いませんよね?
息子さんの保護者としての「学校にはバリアがいっぱい」という指摘も大いにうなずけます。
障害児教育にたずさわる方、学習障害に取り組む方、それだけでなく教育にたずさわる方すべてに読んでいただきたい一冊です。
「多くの人に読みやすく」という著者の願いが形になった、レイアウトもすばらしい。
高次脳機能障害が具体的にわかる。又、彼女の生きる姿勢に感動。
再度にわたる脳出血、脳梗塞をわずらい後遺症として高次脳機能障害を負った女医さんの手記というか闘病誌、いや医師ゆえの疾患、障害を冷静に客観的に、内面から記述する記録といったところだろうか。私自身、リハビリテーションの現場で脳梗塞、脳出血後の後遺症がある人たちと毎日のように関わって10年が過ぎ、上司の先生から本書を薦められた。高次脳機能障害を負った人たちの症状は彼らの訴えをはじめ、障害として検査をしたりして鑑別をし確認できたり、病院内での行動、生活の様子でとらえることが多かった。本書を読み、障害を負った人たちの苦悩に自分が誠実に傾聴してきたか疑問を感じた。著者は障害を負った後、ペーパードライバーのコースで、クランクはうまく出来るが直線コースが難しい、その理由なども述べられている。
そんなことがあるのか、と知らなかった自分を恥じた。
とはいうものの本書の「おわりに」を読でいるところで涙がこぼれた。知らないうちに顔が熱くほてっていたのに気づいた。本書の内容は、解説で山鳥先生が「重篤な右頭頂葉障害患者さんの貴重な手記」とされている。高次脳機能障害の障害、空間性認知、記憶、言語、注意の障害が障害を負った人の内面から描かれ、自ら医師ゆえの分析もされ、生々しく伝わってくる。
と、同時に彼女の生きる姿勢が読み進むうちにこちらもリアルに伝わってくる。行間からはさらけ出される彼女の苦悩も伝わってくる。正直に吐露されていたりする。一方で、前向きに人生を肯定的にとらえようと努力され高次脳機能障害のリハビリテーション、医師としての復職、子育てとエネルギッシュな方だ。また息子さんとのやりとりも、母である彼女の思いを知るとほろっとした。
彼女の生きる姿勢に尊敬の念を抱かずにいれない。
▼ 心打たれる闘病記
※ 警察官僚ガン闘病ブログ
※ がんばれば、幸せになれるよ―小児がんと闘った9歳の息子が遺した言葉
※ ママでなくてよかったよ―小児がんで逝った8歳 498日間の闘い
※ 小さな勇士たち―小児病棟ふれあい日記
※ 幸せはガンがくれた―心が治した12人の記録
※ 精神科医がうつ病になった―ある精神科医のうつ病体験記
※ 壊れた脳 生存する知
私が中学の時に父がくも膜下出血で他界。
現在、著者と同年代であり、2児の母・鬱病&パニック障害を持ち続けて早7年目になる。
そして×1。
父の事もあり、脳の事について感心は普通の人より高かった。
しかも、自分が鬱病&パニック障害の為に更に脳障害に興味があり本を購入。
『脳を病んでも心も知能も壊れていない。』淡々と自分の置かれた状況を確実に正確に判断し、カラッポの脳に新たなる記憶を埋め込み続ける様は並みの人間には出来ないだろう。
医師である彼女、そして彼女の心の強さ。それを学びました。
自分の病気にもきっと役に立つだろうと、読み終わった後に思いました。
そして父の様にならぬよう、知識を学ぶ事も出来ました。
転んでもタダでは起きない、そんな彼女にケツを叩かれた気分です。
外の世界のバリアについても沢山考えさせられました。
日本中の医師に読んでもらいたいと強く願います。
面白くて一気に読みました。母がくも膜下出血を患い、病後、高次脳機能障害の症状が出たので、興味があって買いました。術後に点滴の管を抜いてしまったことや、ハイパーラリアという症状が出たことなど、私の理解できなかった母の行動がやっとわかりました。脳外科の患者さん、医療関係者や、家族など患者の周りの人は読むと大変役に立つと思います。何故こんなに面白いのかというと、やはり脳の病気なので、ここまで、本人が明晰、そしてあくまでも客観的に自分の病気を観察、分析することが稀だからだと思います。そして、彼女の生きる姿勢が凄い。どんな状況になっても、最後まで自分ができることをする、という前向きな生き方に強い共感を得ました。
離婚したことについて「一度きりの人生。もう誰にも遠慮することなく、些細なことで心を痛めてむだなエネルギーを消耗することなく、自分が稼いだものは遠慮なく使い、子供に対する責任を果たす努力と楽しく暮らすことだけに邁進したい。体第一」というくだりは、同じ歳の女として、強く強く同感しました。生きる力をくれる本です。
深く、そして明るい光に照らされた本でした。
私は元中学校の教員で、うつ病のために退職した後、家庭ですごしています。仕事をやめて家庭に入ったとき前半生に積み上げてきたすべてのものを失ったような気がして、その気持ちの克服に長い歳月を要しました。
この本の著者は、私などとは比べ物にならないほど深刻な状況におかれたにもかかわらず、今、自分のもっている能力を冷静にみつめ、フルに生かしています。積み上げた努力は無にならない、どんな経験も必ず人生に生かせるということを教えてくれます。
私が担任した生徒のなかにも著者と同じ「もやもや病」の生徒がいました。
そのとき私にはこの病気に関する知識がほとんど無く、この生徒に適切なサポートができず、悲しい思いをした経験があります。教員は児童・生徒に接する上で医学的な知識が必要になることが多いにもかかわらず、そのような知識がほとんど無いのはもちろん、知識・情報を得る手立てがほとんどありません。(今ではインターネットがありますが・・・)必要を感じない先生は・・・いませんよね?
息子さんの保護者としての「学校にはバリアがいっぱい」という指摘も大いにうなずけます。
障害児教育にたずさわる方、学習障害に取り組む方、それだけでなく教育にたずさわる方すべてに読んでいただきたい一冊です。
「多くの人に読みやすく」という著者の願いが形になった、レイアウトもすばらしい。
再度にわたる脳出血、脳梗塞をわずらい後遺症として高次脳機能障害を負った女医さんの手記というか闘病誌、いや医師ゆえの疾患、障害を冷静に客観的に、内面から記述する記録といったところだろうか。私自身、リハビリテーションの現場で脳梗塞、脳出血後の後遺症がある人たちと毎日のように関わって10年が過ぎ、上司の先生から本書を薦められた。高次脳機能障害を負った人たちの症状は彼らの訴えをはじめ、障害として検査をしたりして鑑別をし確認できたり、病院内での行動、生活の様子でとらえることが多かった。本書を読み、障害を負った人たちの苦悩に自分が誠実に傾聴してきたか疑問を感じた。著者は障害を負った後、ペーパードライバーのコースで、クランクはうまく出来るが直線コースが難しい、その理由なども述べられている。
そんなことがあるのか、と知らなかった自分を恥じた。
とはいうものの本書の「おわりに」を読でいるところで涙がこぼれた。知らないうちに顔が熱くほてっていたのに気づいた。本書の内容は、解説で山鳥先生が「重篤な右頭頂葉障害患者さんの貴重な手記」とされている。高次脳機能障害の障害、空間性認知、記憶、言語、注意の障害が障害を負った人の内面から描かれ、自ら医師ゆえの分析もされ、生々しく伝わってくる。
と、同時に彼女の生きる姿勢が読み進むうちにこちらもリアルに伝わってくる。行間からはさらけ出される彼女の苦悩も伝わってくる。正直に吐露されていたりする。一方で、前向きに人生を肯定的にとらえようと努力され高次脳機能障害のリハビリテーション、医師としての復職、子育てとエネルギッシュな方だ。また息子さんとのやりとりも、母である彼女の思いを知るとほろっとした。
彼女の生きる姿勢に尊敬の念を抱かずにいれない。
▼ 心打たれる闘病記
※ 警察官僚ガン闘病ブログ
※ がんばれば、幸せになれるよ―小児がんと闘った9歳の息子が遺した言葉
※ ママでなくてよかったよ―小児がんで逝った8歳 498日間の闘い
※ 小さな勇士たち―小児病棟ふれあい日記
※ 幸せはガンがくれた―心が治した12人の記録
※ 精神科医がうつ病になった―ある精神科医のうつ病体験記
※ 壊れた脳 生存する知
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